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空気が、僅かな熱を残して急速に冷えてゆく。 秒針の音さえもまるで反響するかのような静寂が、自分を包んでいた。
「Obsession」 「お前はこんな所で何をしている」 頭の上から降ってきた言葉に、ああ、自分は今部室で寝てたんだ…と俺は思い出した。
「ゴミクズにまみれてか。いい布団だな、御柳」 気が付くと、身体の下には洗ってないユニフォームやタオルを筆頭に、何かの空き箱とか使い終わったテーピング等がどっさり下敷きになっていて。どんな場所でも気持ち良く眠りに落ちるのが自分の特技であることは野球部内では周知の事実だが、むしろ少々埃っぽいことを除けば悪くはない布団だったが…。 「床ぐらいしか寝る場所が無いんです」 「教えてやろうか。部室は昼寝をする場所ではないからだ。さっさと授業に行け」 呆れる屑桐さんとは逆に自分の声色はからかいを含んで明るい。その心の内は裏腹にどこか暗くひずんでいるのに。 「屑桐さんは何しに来てんの?こんな時間に」 「お前と違って3年は選択授業なんだ。俺は空き枠なんだ、この時間は。部室の片付けついでに日誌を整頓しようと思って、来たところだ」 「ええーー。なんでアンタがそんなことすんの?他の奴にやらせれば良いじゃん。あ、俺手伝ってあげましょーか」 「この程度のこと、いちいち他人に指示してやらせるほうが面倒臭い。そしてお前の助けなど要らん。授業を受けろ」 鬱々としている自分と同様に、彼も俺を構う気分ではないらしかった。冷たく言い放つとさっさと片付けを始めてしまう。 外のグラウンドには今誰も居ないらしい。彼が黙々と作業を続けると、窓も出入り口もきっちりと閉ざされたここでは遠くの物音は遮断され――実際には何か聞こえてきているのかもしれないが――音も無い空間で外の光だけが、僅かに強くなったり弱くなったりしているような気がした。 耐え難い静けさを打ち消すように、俺は何か喋ろうと思った。 「ねえアンタってさぁ」 「……」 「結構色気有るよねえ」 「……は?」 飛び出てきたのは…自分自身でも流石にバカなんじゃないかと思う台詞だったが、しかし、先刻までの自分の思考とあながち反しているとも言えなかった。屑桐さんのことを考えていたのは確かだったから。にもかかわらず、一体何を思っていたか、それを上手く言葉にすることも今の自分には出来なかった。 「ヘンな男に目ェつけられるでしょ」 「…それは今お前に目をつけられていることか?」 いつも通りの軽い調子で、誰かに何か面白いことを語りかけるときの声色で、俺は彼に話し掛ける。 俺の頭を散々廻り廻ってひずんだ考えは具体的な悪意となって、眼の前に立っている対象に向けられようとしていた。
「せんわ。阿呆か…俺は男に告白などされたこともないし、尻なんぞ触られたら反射的に殴る」 この人はどんな時でも、自分のように何かぼかしたり、誤魔化しながら相手の様子を覗ったりということをしなくて、自分はこの先輩のそういうところを気に入っていた。 「鉄拳制裁っスねえ。でも案外そのケあるかもしれませんよ?試してみましょうかー?ホラ」 俺はふざけた振りをして、屑桐さんの首に後ろから片腕で抱きつくと、そのままもう片方の手を太腿の辺りに回して、怪しげにさすった。 「ほーらこうやってたら目覚めちゃうかも」 その裏に別段どんな感情も存在しないかのように。強いて言えば、有るのは軽いからかいの意図だけ、といったところだったが、それ以上の嫌悪を彼が示したので俺は少しばかりほくそえんだ。 「馬鹿なことをするな。手を離せ」 「嫌です」 「何を言ってる。いい加減にしろ」 まあこの手の冗談が通じるほうだとは思ってないけど、それだけでもないんじゃないの? 「先輩のことが、好きです」 「!?」 抵抗の力が一瞬止んだ。 「冗談は通じる相手にだけやれ。殴られたいのか?」 ギリリと睨み付けられた瞳の中には羞恥と怒りの炎が燃え上がっている。俺は自分でもゾっとするほど冷たい笑いが腹の底から込み上げてくるのを感じた。 「冗談なんかじゃ。だって屑桐さん、あの人と、
「な……何を……――――――」
「だったら先輩はこういうことにも慣れてるし、俺も相手にしてもらえると思いました」 「まっ待て…!」 何かを言おうとする屑桐さんを遮るように手首を掴むと、もう一方をも掴んで纏め上げようと試みる。つかまれた手を振り切ろうと屑桐さんは滅茶苦茶に抵抗してきたが、俺は対照的に、自分でも不思議なくらいに冷静だった。
未だ、屑桐さんの目はどこか焦点が定まらないように見える。
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