「LESSON2」 前編
子津が目覚めたのは翌日の朝だった。 子津は最初自分が何故家に帰ってきているのか、分からなかった。慌てて起こしにきた母に聞いてみると、牛尾キャプテンが連れて帰って来てくれたという。 「今時、あんな礼儀正しいなんて、感心な子ね」 彼の母は、ご飯をよそいながら言った。 「ボクの為に、色々特訓までしてくれて、本当に感謝してるんだ」 子津ははにかみながら言った。 「今日、学校いったら、お礼をいわなくちゃ駄目よ」 山盛りによそったご飯を彼に手渡しながら、母は優しく微笑んだ。
昼休み。 母の言いつけを守り、子津は牛尾の教室へと向かった。 三年生の教室。自分と二、三歳ほどしか変わらないのに、生徒が皆、大人っぽく感じる。 教室の入り口。おどおどしながら、彼は女子学生に牛尾を呼んで貰えるよう頼んだ。 牛尾に近づけるいい口実が出来た!彼女は、頬を蒸気させながら彼に声をかける。 「牛尾君、一年生の子が、何かよんでるよ」 「一年生?それはどんな子かい?」 「そばかすに、バンダナをした可愛い子だよ」 「それは……!!!いい知らせをありがとう」 牛尾はパチンと片目を瞑り、眩いばかりの笑顔を浮かべた。周囲から、キャーと黄色い声が起こる。伝達役の彼女は、ボーっと、言葉もないようだ。 牛尾は机の間を縫って戸口へと向かった。スマートな身のこなし。走っているわけでもないのに、素早く、愛する子津の下に降り立った。 「子津君。僕の方から行こうと思っていたんだけどね」 そういいながらも、牛尾の顔から笑顔が零れてやまない。その美しさは、先ほど女子学生に見せた笑顔の比ではなかった。 「あ、前の授業が十分ほど早く終わったんで」 「そうかい。ランチでも一緒にどうかな。話はそれからゆっくり聞くよ」 「あ、別にそんな大した話じゃないので…昨日のお礼を一言いいたかっただけ…」 「せっかくこんなところまで出向いてくれたのに、このまま帰したんじゃ僕の気持ちがすまないよ。ランチくらい、ご馳走させてくれないかな」 牛尾は、慌てて恐縮している子津の手を取ると、昼食を食べに向かった。
「わ〜凄いっすね。これホントに頂いていいんですか?」 分厚いローストビーフの挟まったサンドイッチ。キャビアの乗ったカナッペ。食べやすく1口大に切られたメロンは、日の光に反射してキラキラと輝いた。 「実は、今日のランチは君を誘おうと朝から決めていてね。シェフにいつも以上に気合をいれて作って貰ったんだ。実際は、君の方から来てくれた訳だけれど…」 牛尾は、嬉しそうにサンドイッチに齧り付く子津の頭を優しく撫でる。 伝統ある十二支高校。その旧倉庫二人はいた。 今から、十年前。県から思わぬ助成金が降り、野球部に新しい倉庫が建てられることになった。かつての倉庫は校舎から幾分離れたところにあり、使い勝手が不便であったためだ。 不用になった旧倉庫は、そのまま放置されており、風雪に晒され、今では屋根に大きな穴まであいていた。 その大きな天窓から流れ込む光のシャワー。ふんわりと光を浴びて舞い落ちる埃さえも、キラキラと、牛尾と子津の二人の時間を鮮やかに彩っていた。 牛尾は、愛しい人の頬にソースが付いているのに気付き、人差し指で軽く拭う。それをそのまま口に含むと、形のよい唇が柔らかなカーブを描いた。 「ところで子津君。君は一流のプレイヤーに成りたいといっていたね」 子津は食べる手を止めた。美味しい食べ物に囲まれて幸せに浸っていたところ、急に現実に戻され、黙りこくってしまった。頭を垂れて、唇を噛み締める。 「来週の日曜は、暇かい?」 「あ、はい」 「そうか、良かった」 それから牛尾は秘密の自分の野球人生について話し始めた。自分も今の子津のように壁にぶつかったことがなんどとなくあったこと。その度、不屈の精神力と、数々の努力によってその壁を乗り越えてきたこと。その果てに、野球に欠かせない「何か」を会得することができたこと。 「日曜、僕が得ることの出来たこれを、君に伝えたいんだ。きっと、君の役にたつと思うよ」 「ユーティリティープレイヤーであるキャプテンでも、会得するのに相当時間がかかったことなのに…そんなものを一日で習得することは無理だと思うんっすけど…」 「勿論、これを伝えることは容易じゃないよ。その前に、幾つかの鍛錬をしてもらうことになると思うけれど、僕が見込んだ子津君ならやり遂げてくれると信じているよ」 「キャプテン…」 子津は心の中に熱いものが溢れてくるのが分かった。今までの人生、自分の為にこんなに親身になってくれた人がいたであろうか……やるしかないっす!何としてでも、キャプテンの期待に応えたい!!! 「キャプテン、ボク、どんな鍛錬でも乗り越えて見せます。日曜、よろしくお願いします!」 「いや。日曜の前に、やって貰うことはあるんだけどね…」 そう言って、牛尾は自分のスポーツバックから綺麗に包装された包みを取り出した。そのままその包みを惜しげもなく破ると、可愛いピンク色をした細身のバイブレーターを取り出す。 「……これってもしかしなくても、大人の玩具、ってやつですよね」 「そうだよ。これで君の可愛いところを掻き回すんだよ…」 牛尾は子津の身体を抱きしめた。頭を首筋に埋め、子津の鎖骨をきつく吸う。鮮やかに、ピンクの薔薇が咲いた。これは訓練のはずなのに……そう思うのに熱くなる自分が止められなかった。 そのまま、子津のためらいを封じるかのように素早い手つきで学ランのボタンを一つ一つ外していく。そして子津の体を優しく床の上へと横たえた。
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