Super Utility Darling
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ADVERTIZEMENT

 

第1回

 

「三番線御注意ください。各駅停車××行きが参ります。」
無数の足音と喧騒と埃がごちゃ混ぜになりながら行き交っている。
そこかしこから発車ベルの鳴るのが聞こえてくる。

――ダルい――。

どうしても覚醒してきてくれない頭を抱えて、芭唐は溜息をついた。
低血圧で朝は常に気分が優れない。
鉛のように重いかばんをドサリと足元に置くと、制服の袖をまくって腕の時計に目を遣る。分針は12の針の若干手前を指していた。今朝、こんな余裕をもって起床出来ていたか…記憶が無い。

それにしても不思議なのは普段ならキャーキャー騒いでくる女が今日に限って寄ってこないことだ。
というか、ギャルの視線よりもむしろ、野郎の熱い視線を一身に浴びているような気がしてならない…。

正直気味の悪い現象を不思議に思いつつもふらりふらりと歩いていると、後ろから呼びかけてくる声が聞こえた。
どうやら俺の方に用が有るらしいが…
頭が働かない。ところで俺こういう腕時計持ってたっけ?
「屑桐さーーんvv」

ていうか腕時計とかしてたっけ…?ついでに俺は屑桐じゃねえよ。
「屑桐さーんってば!オハヨ〜」

だから屑桐じゃねえって。何なんだよ。どういう人違いなんだよ?
大体朝の早い屑桐さんなどこの時間帯には通常居ないので、ホームを見回したところで当然彼が見当たるはずもなく…
仕方ないので振り返ると、そこには予想通り、小柄な体には不釣合いなほど大きな部活カバンを背負った録先輩が、息を切らしながらこちらに微笑んでいた。よく分からないがとりあえず挨拶でも…。
「あー。おはよう――」
ございま…と言いつつ視線を逸らしたその瞬間だった。脳天に五光が炸裂したかのような衝撃が走ったのは。


俺は、普段から人とコミュニケーションする時はどちらかというと、まあオーバーリアクション気味というか…喋りたい時には結構デカイ声で喋るので、しょっちゅう「ミヤ、声うるさ気」とか「御柳、騒ぎすぎング」とか周りに指摘されることになるのだが…

人生史上これ以上にシャウトしたことは無いだろう。

突然硬直している俺を、録先輩が訝しげな目で見つめているのが分かるが、それどころではないくらい驚愕で顎が外れそうだ。
あああああその、録先輩の肩越しに見えるその人影は、屑桐さん、屑桐さんですよね!?
そう、長身、黒髪で赤い瞳の人物が俺をじっと見ているのだ。

古びたの向こうから(ホームに一台は設置してあるアレだ)。


「ッ俺かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?」


女が寄って来ないのも、野郎の視線ばかり感じるのも、付けた覚えのない腕時計をしているのも、「屑桐さんv」とか呼びかけられるのも!全てはこのため……??

ちょっと冷静になってこの状況をまとめよう。
鏡が、ここには居ない屑桐さんを映しています…。
そして、(さらに重要→)真っ正面に居るはずの俺が映っていません。どうしてなのですか。神様。

どうして、というかつまり、そういうことだった。
鏡は今まさに俺が立っていなければならない位置に、驚愕の顔でこちらを見つめる屑桐さんを映しているのだから。

恐る恐る額に手を当てると、柔らかな布の感触が指先に触れるのが分かった。一体何時の間に巻かれていたのかは知らないが、コレが何なのかは、俺も過去に何度も触ったことがあるから分かる。一体どういう…酸欠に陥りそうになりながら顔を上げると、そっちの屑桐さんも包帯に手を当てながら死にそうな顔をしていた。
ギャー!やっぱり!!間違いねえよ。なんでか知らないけど、今、俺屑桐さんになってる!!
鏡に向かって頬をつねると、向こうでも屑桐さんが同じことをしていた…もはや反証の余地、無し。

ふと録先輩の方に視線を戻すと、録先輩は「俺か」と叫ぶ10代男性(埼玉県在住)をすっかり怪訝な目で見ていた。
事情を信じてもらえるはずもなく、ここは無闇に怪しまれるのはマズイ、と、とっさに俺は判断する。
フー、ここは屑桐さんになりすまして上手くかわそう。殆ど働かない頭だがフル回転フル回転、と…
「どしたの屑桐さん?寝惚けてる気〜?」
「いやちょっと…っ、寝てたかも!……しれん。あー、というか実際のところまだ夢の中に居る確率は高いな!いっそ殴って叩き起こして欲しいくらいだ…」
「どうしたんですかー、ブツブツ言っちゃって。今日の屑桐さんなんか別の人みたい…」
鋭い…。
ヤバイ、精一杯屑桐さんのフリをして喋ったつもりだったが逆に不信感バリバリだ。このモバイル小僧の眼の前からは一刻も早く消えなければならない気がする。
「…タタタタタタ、急に腹が!録、すまないが俺はトイレによって暫く休んでから行く。お前は先に学校に行っててくれ」
「ええっ!屑桐さん大丈夫ーー!?俺、ちゃんと付いて見てるよー!」

だー!早く行けよ!
とにかくこのまま学校など登校したらどんなことになるやら想像もつかないからな。「俺」が何食わぬ顔して生活してたらショックで死にそうだし、本物の屑桐さんが居た場合、同じ顔の人間が二人も居るなんてそれこそ学校中巻き込んで大パニックだ。
とりあえず心配して側に居たがる録先輩をなんとかなだめすかして、俺はその場を離れることにした。
クッそれにしてもアンタ随分普段と態度違うんじゃあねえのかッ!?
俺が肩関節脱臼とかしてても、「御柳は普段の行いが悪いから仕方ない気〜」とか言ってくるし、俺が屑桐さんと一緒に居ると、なんかもっとウザったそうな目で見てくんだろーがぁ!

非常に納得いかない気分を引き摺りながら、俺はとりあえず駅のトイレに向かった。