Super Utility Darling
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第2話

 

 猿野と辰羅川の様子がおかしい。すでに次の日の朝錬の時間には、ほかの一年たちはみんなそのことに気づいていた。
何をするにも常に背後を気にしていて、どんなときでも一人きりでは行動しようとしない。うっかり後ろから近づいて声をかけようものなら、「ヒィ!!」と叫び声をあげて身構える。その怯えっぷりはまるでゴルゴに狙われた大富豪のようだった。

「お猿の兄ちゃんどうしたのかなぁ。とうとうケーサツにつかまるようなことでもしたのかな?」
「そうっすねぇ・・・あ、そういえば、辰羅川くんもようすがおかしいですよ。さっき、後ろから肩を叩いたら、3メートルくらい後ずさって奇声をあげてましたから」
 ことの元凶である子津は彼らの事情を知る由もなく、心配のあまり猿野に事情を問いただしてみることにした。

「あの、猿野くん?」
「どっぎゃぁああ!!」
 猿野は砂煙を上げて数メートル飛びずさった後、相手が子津であることを確認すると、ほっとした様子で戻ってきた。
「何だよ、ねずっちゅーか・・・驚かすなよ」
「猿野くんが勝手に驚いたんすよ・・・でも、どうかしたんすか?何か、様子が変っすよ?」
「変、かな」
「変っすよ。何かに怯えてるようだって、みんな言ってるっす。何があったんすか?」
 誰のせいだよ、と口のところまで出かかった言葉を、猿野はすんでのところで飲み込んだ。勝手に好かれているだけの子津に、罪は無い。
「・・・どっかの色ボケに、目の敵にされてんだよ」
「猿野くん、またのぞきでもしたんすか?」
「してねーよ!! 俺は凪さん一筋だ!! 発情してんのは牛だよ、牛!!」
「・・・闘牛っすか?」
「ちーがーうー」
 頭を抱えた猿野の肩に、気遣わしげに子津が手を置いた。そしてその瞬間、猿野は凍りつくような視線を背中に感じたのである。

 そして振り向くとそこには―――
「やぁ、二人とも。仲良くお喋りかい?」
  案の定、牛尾が立っていた。まばゆいばかりの笑顔と、片手に愛用のトンボを携えて。
「ヒィ!!」
 反射的に身を竦ませた猿野に一瞥もくれず、牛尾は形の良い唇を優しく緩めて子津へと歩み寄る。
「子津くん、今日もトンボかけに精が出るね」
 子津は手にトンボさえ持っていない。何言うてんじゃボケ、と猿野は心の中だけでツッコミを入れた。しかし子津はそんな些細なことには気づかずに、「はいっ」と嬉しそうに答えている。
「うん、朝から元気がいいね。素晴らしいよ」
「ありがとうございます、キャプテン!!」
 子津は直立不動の姿勢で頬を赤らめている。それもそのはず、牛尾御門は子津の・・・いや、子津だけでなく十二支高校野球部員なら誰でもあこがれる、スーパーユーティリティープレイヤーなのだから。
 打っても走っても守っても良し、おまけに成績優秀で眉目秀麗、金持ちで気品と優しささえ兼ね備えている。これで憧れるなというのが無理な話だ。
―――ただし、普段は温和で大人びた性格が、恋愛が絡むと途端にはじけ飛ぶのが玉に瑕だが。

「だけど、みんなが頑張っているときにお喋りはいけないなぁ」
「あ、す。すみませんっ!!」
「いやいや、誤解しないでくれないか、僕は怒ってるわけじゃないんだよ。ただ、ちょっと気になってね。いつも真面目なキミがお喋りだなんて」
「あ・・・その、キャプテン。何だか猿野くんが様子が変なので、具合でも悪いんじゃないかと思って・・・」
「そうなのかい、猿野くん」
 今まで和やかだった空気が一転した。猿野を見る牛尾の視線に、『お前仮病こいて、子津くんに看病してもらおうなんざ考えてるんじゃあるまいな、コルァ』という無言の圧力がかかっている。猿野はその視線に押しつぶされるように、慌てて首を振った。
「めめめ滅相もございません!! 俺、超元気っす!!
 ホラ、トンボで素振りだって出来ますよ!!」
「だ、そうだよ。とりこし苦労だったね」
「・・・そ、そうすっか?猿野くん、本当にだいじょう―――」
「大丈夫!! 本日の俺様は200万パワーだぜ!?元気有り余りすぎてるくらいで!!」
「そうかい、じゃぁおつかいでも頼もうかな。チェリオ60人分、みんな疲れてるから急いで」
 悪意だ。悪意がよどんでいる。
 傍目からみればハリウッドスターのように神々しい笑みを浮かべて、牛尾は再びトンボかけに戻っていった。

「あんっちきしょぉおおおおお〜!!」
「まぁまぁ、猿野くん。僕も手伝うっすよ、早く行きましょう」
「ネズッちゅー・・・」
 猿野は子津の無邪気な顔を見つめた。
「? 何ッすか?」
「ごめんなぁ、一瞬でもお前と友達だったことを後悔したオレを許してくれ・・・」
「え?」
「あイヤイヤなんでもない。いこういこう」
 突っ込んだことを聞かれる前に、猿野は子津の背中を押して歩き始めた。それにしてもチュリオ60人分とは。自動販売機一個に入ってる量じゃないあたりに、牛尾の恨みの深さを感じる。

 「・・・でも、うらやましいっす」
 がしゃんごとん、と次々と自動販売機から吐き出されるチュリオを、猿野がバケツリレーのように子津に渡す。単純だが強制労働のように退屈な作業のさなか、子津がぽつりと呟いた。
「はぁ? 何が?」
「猿野くん、やっぱり皆に一目置かれてるんすよ。キャプテンとも仲良しだし」
 ガコン、という鈍い音に子津が顔を上げると、目の前で猿野が頭から自販機に突っ込んでいるところだった。
「だ、大丈夫っすか・・・!?」
「大丈夫なのはお前の頭だねずっちゅー!! どこをどーすりゃオレとキャプテンが仲いいように見えんだよ!!」
「・・・え・・・・だって、キャプテン、猿野くんには特別に親しげに接するじゃないっすか。気軽に用事頼んだり、特別練習メニューを組んでくれたり・・・好きじゃなきゃ、そんなことしてくれないっすよ、普通」
 子津の言っている『気軽に頼まれる用事』とはただの使いっぱしりであり、『特別練習メニュー』とは子津と馴れ馴れしくしたが故のシゴキだった。あれが好かれてるように見えるとは、と猿野は子津の朴訥ぶりが本気で心配になる。
「・・・好かれてんのはむしろお前だろ、ねずっちゅー!!」
「ぇ・・・・そんなこと、無いッスよ。僕はキャプテンの眼中になんて、入れてもらえてないっす。こういう風に用を頼まれることもないし、特別な練習だって・・・」
 猿野は呆然としたまま子津の悲しげな顔を眺めた。あんなにあからさまな子津びいきにも関わらずに、本人には全く牛尾の思いが通じていないとは。
 猿野はこのときはじめて、牛尾に同情した。
「・・・あのさぁ、ネズッちゅー、一つ聞きたいんだけど」
「はい?」
「ぶっちゃけ、お前、キャプテンのこと、どう思ってんの?」
「え、それはどういう・・・」
「好き?」
「ぇえ!?」
 答えは、聞かずともわかった。みるみるうちに頬が上気して、ゆでだこのように真っ赤になってしまう。そして潤んだまま所在なげに彷徨う瞳。これでなんとも思っていないはずがない、
「あーあー、みなまでいうな。何かわかった・・・」
 何だよ図星かよ。両思いかよ。猿野は自分で聞いておきながら、気恥ずかしくなって頭をかいた。
「・・・ぁ、あ、憧れてるんっす!!」
「それが単に『憧れてる』ってツラかよ。耳まで真っ赤だぜ?」
「ほほほほほんとに、憧れてるだけなんっすよ!!?」
「はいはい・・・あー、なんかオレ、ショックだわ」
 なぜか娘の初恋を知った父親のように落胆しながら、猿野は子津が地面に落としたチュリオを拾う。
「―――憧れてるだけって言ってるじゃないっすか!!」
「もー、ねずっちゅーったら照れ屋さん★
 つまりこういうことだろ? ねずっちゅーはキャプテンがす・・・」
 「わーっ!! わーっ!! わーっ!!」
 両手一杯にチェリオを抱えたまま、二人は追いかけっこをはじめた。そしてその中学生のように仲睦まじいはしゃぎっぷりを遠くから見ている男がいるのは、もはや説明する必要もないだろう。
 猿野はこうして、今日もしらないうちに牛尾の恨みをかっていくのである。