Super Utility Darling
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第3話

 

 一方、辰羅川は――――

 しばらく、子津とは距離を置こう。そう心に決めていた。
 何しろ牛尾といえば、県下に名高いスーパーユーティリティー・プレイヤーである。辰羅川の命を狙おうと思えば簡単にできてしまう能力を持ち、しかも実家は超常識的金持ちときている。後始末にも困らないことだし、実行しようと思えば実行できてしまうのだ。
 そんな危険な人物とこれ以上対立を深めるのは、辰羅川の綿密な人生設計の中でマイナスにしかならない。
『すみません、子津君・・・私は、犬飼君に甲子園の土を踏ませるまでは、死ねないんですよ・・・』
 しかし、あからさまに無視したり冷たくしたりは出来ない。そんなことをしてしまったら最後、子津を悲しませた咎で即、地獄行きである。
『フフフ・・・ここからが私の腕の見せどころですね。つかずはなれず、微妙な人間関係をキープする。それが必要です』
 だが、しかし。

 その目論見は一日もたたないうちにもろくも崩れ去ることになる。

 放課後、十二支高校野球部はいつものように厳しい練習にいそしんでいた。
「えー、次は投球練習をはじめる。投手と捕手、ペアになってとっととはじめろ」
 そして、羊谷の号令で投球練習に入る。奇抜で独特なものの多い羊谷流訓練の中で、投球練習は比較的まともな方だった。
「ん?犬飼は休みか?・・・おー、じゃあ辰羅川、今日は子津と組んどけ」
 キラーン、と牛尾の目が光るのを、辰羅川は見逃さなかった。そしてこんなときに休む犬飼を恨んだ。
「あぁ、辰羅川くん。よろしくおねがいします」
「あ、あぁ、子津君、よ、よろしくお願いします・・・」
 会話の最中も、周りに気を配ってしまうのはもはや習性だった。辰羅川は昨日から、毎秒毎秒がバイオハザードのような警戒態勢をひいているのだ。
「そういえば、今日は犬飼くんどうしたんすかねぇ。風邪でもひいたんでしょうか?」
「さ、さぁ・・・」
 それは辰羅川とて気になっていた。野球だけが友達、と言っても差し支えのないほど交友関係の狭い犬飼のことである。幼馴染である彼が心配しなくて誰がする、くらいの自負はあるのだ。
「そういえばこの間、ちょっと熱があったみたいっすよ?」
「そうなんですか?気がつきませんでした、私としたことが・・・ザッツテリブル。帰りにお見舞いに行かねばなりませんね・・・」
 背中に突き刺さるような牛尾の視線を感じながらも、辰羅川はここにいない犬飼のことを思った。お見舞いと言っても、犬飼の好物はパンとコーヒー牛乳くらいしか思いつかない。果たして病人にそれはどうなんだろう。

 そうこうしているうちにも投球練習は順調に進み、フォームをチェックしたり軽く投げたりしながら数十分が過ぎた。辰羅川はその最中に何度も野手の練習している方を見たが、牛尾は皆と一緒に何ごとも無いように素振りにいそしんでいる。爽やかに汗を流しているその姿を見ていると、子津が絡んだときのぶっ飛びぶりが全く嘘のようだ。
「あ、そうだ、辰羅川くん」
 ボールを投げる手を休めて、子津が辰羅川の方へと近付いてくる。
「はい、何ですか?」
「・・・ちょっと相談があるんすけど、いいっすか?」
 辰羅川もマスクを上げて、子津と向かい合う。
「そろそろ、サインを決めておきたいんすけど・・・どんなのがいいっすかねぇ?」
「もう、そういう時期になりますか。いいですよ、一緒に考えましょう」
 日差しも夏の色を帯びてきて、甲子園にむけて他校との練習試合もさかんに行われる時期である。相手に悟られないように作戦を交換するサインも、そろそろ必要になってくるだろう。二人は顔を寄せ合って、あぁでもないこうでもないと相談をしはじめた。

 と、その時。
「わぁ!!」
 グラウンドのむこうで、誰かの悲鳴が上がった。

 何ごとかと思って振り向いた二人の目に飛び込んで来たのは、信じられない光景だった。
 野手たちが素振りをしていたグラウンドから、矢のようなスピードで何かがすっ飛んできたのである、それも辰羅川を目指して、真っ直ぐに。
「危ない、辰羅川くん!!」
 子津が悲鳴をあげる。辰羅川はとっさに、飛んでくるトンボを避けようと身構えた。しかし、トンボはギュオォォオ、という怪音を上げながら殺人的な勢いで辰羅川に迫る。

 あやうし、辰羅川。

 誰もがグラウンドにKOされる辰羅川の姿を想像し、目を瞑った。しかし―――
 それを阻止するものがいた。蛇神である。

「破!!」
 彼は独特のかけ声とともにグラウンドを蹴り、そのまま弾丸のように宙へと飛んだ。長い黒髪が宙を舞い、一瞬のうちに辰羅川とトンボの間に割り込む。そして、風を切るトンボを見事に空中でキャッチすると、目にも止まらぬ速さでトンボを機材置き場に投げ返した。
「・・・笑止」
まるで自らの影に吸い込まれるように、音も無く地面へと降り立つ。
 ウルトラCとしか言いようがない華麗な着地の数秒後、機材置き場にトンボが吸い込まれ、カラン・・・という乾いた音だけがグラウンドに響いた。


 パチパチパチ・・・・
 あまりの光景に呆気にとられる部員たちの中から、牛尾がひとり、拍手をしながら進み出る。
「・・・さすがだね、蛇神くん」
 その顔には不敵な笑みがかたどられている。そして、本来あるべき牛尾の素振りの時のキーアイテムが、その手には無い。
「・・・我が六道眼に、見切れぬものは無い」
「・・・素振りをしていたら、手からすり抜けてしまってね。やっぱり手袋を変えてみたのがよくなかったみたいだ、今度から気をつけるよ・・・あぁ、蛇神くん、本当にありがとう。怪我人が出なかったのは、君のおかげだよ」
 一点の曇りもないその晴れやかな微笑みに、部員たちは『あぁ事故かぁ』『・・・蛇神先輩、すげー』と、あっさりと騙されていった。そして散り散りに、元の練習場へと戻っていく。
 しかし、それが決して偶然の事故などではないということを、知っている者たちがいた。
「びっくりたっす。キャプテンでもうっかりすることってあるんすねぇ・・・あれ、辰羅川くん?」
 ご多分に漏れず、牛尾の爽やかな笑みにすっかり丸め込まれている子津の横で、辰羅川は一人顔面を蒼白にさせていた。
「辰羅川くん? どうしたんすか? おーい」
 しかし、返事はなかった。否、できなかったのである。