Super Utility Darling
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第4話

 

「い・や・だっ!! ぜーってぇ嫌だ!!」
「まぁ、そうわがままをいわずに聞きなさい。このままでは私たちは・・・」
「嫌だったら嫌だ!! どーしてオレたちがキャプテンと子津の仲を取り持ってやらねーといけないんだよ!!」
 鹿目のおそろしい忠告からちょうど24時間がたち、その日の練習も無事に終わった頃―――猿野と辰羅川は人目(主に牛尾の)を忍んで、作戦会議を開いていた。
「だから、命のためと言っているでしょう!! わからない人ですね・・・」
 議題はもちろん牛尾のことだ。牛尾による子津絡みの騒動は何もきのう今日に始まったことではないが、今回にかぎっては命に関わる恐れがある。そこで二人で結託してなんとか対策を立てようという思惑である。
「私たちはお互い未来のある身です。ここで他人の色恋沙汰に巻き込まれて死ぬなんて、クレイジーこの上ないじゃありませんか」
 辰羅川の提案はこうだった。

@ このままでは二人ともイビリ殺される

A 原因は子津を好きな牛尾の嫉妬

B では、どうすでば嫉妬されなくなるか?

「要するに嫉妬というのは、好きな相手が誰かと仲良くしているのが不安だからこそするんですよ。
そこで、お二人には恋人同士になっていただきましょう。そうすれば牛尾主将も子津君が誰かと仲良くしていても、不安に駆り立てられることも少なくなるでしょうし」
「・・・うーん、でもそれでねずっちゅーがキャプテンを振ったらどうするんだよ。今度こそ大惨事が起こるぜ」
「それはそれでよろしいのでは?
 スッパリ振られれば主将も諦めがつくでしょうし、こちらとしてはむしろ胸のすく思いです」
「・・・モミー、実はけっこう怒ってんな?」
 辰羅川は眼鏡の奥の目を細め、薄く笑った。
「だけど、アイツ等くっつけるたってどうすんだよ。ぶっちゃけ子津の奴、信じらんねー鈍さだぞ、あんだけあからさまにしてるキャプテンの気持ちに気付いてないんだから」
「だからこそ、我々の出番というわけですよ・・・」

 

 次の日。
 野球部の放課後練習は、その日もとっぷり日が暮れるまで行われていた。そして練習が終わった後も、部員たちはすぐに帰宅できるわけではない。機材をしまったり、道具に手入れしたりしてようやく家路につけるのだ。そして、この億劫な作業は主に入部したばかりの一年生の仕事だった。
「さぁ、みんな、愛をこめてボールを磨いてくれたまえ!!
 ボールは、野球を愛する僕たちにとって、いわば伴侶のようなものだからね!!」
 そして疲れきっている一年に混ざって、毎日ボール磨きに参加している三年レギュラーがいる。それは言うまでもなく、牛尾である。
 結局のところ、牛尾が時折みせる奇行をみんなが許容してくれるのはこういう理由もあった。
去年までの厳しい年功序列制は無くなったにしても、野球部はいかんせん体育会系である。どうしてもこき使われがちな一年の先に立って、嫌な顔ひとつせずに自ら雑用をこなす牛尾の姿は、下級生から絶大な人望と尊敬をむけられていた。


「あれ、今日は子津くんが最後かい?」
しっかり磨き終わったボールを野球部の倉庫にしまおうとしている子津に、後ろから声がかかった。
「あ、キャプテン、お疲れ様っす」
子津は律儀に頭を下げた。途端、両手に抱えたかごからボールが落ちる。グラウンドを跳ねていくそれを、牛尾の指がこともなげに捉えた。
「重そうだね、持とうか?」
いいえとんでもない、と恐縮して首をふる子津に苦笑して、牛尾は倉庫のドアを開けた。
「・・・さ、どうぞ」
 ドアを開けて子津を中へと導く動作は完璧に洗練されていて、子津は一瞬ここが学校の倉庫だということを忘れそうになった。牛尾の立居振舞いは、まるで高級レストランでエスコートしているかのように優美なのだ。
「・・・お邪魔します」
 緊張のあまりちんぷんかんぷんな挨拶をして、子津は倉庫に上がった。さきほど拾った二個のボールを手にして、牛尾がその後を追う。
 がちゃん、と倉庫のドアがひとりでに、二人の背後で閉まった。
「あ・・・貸してごらん」
 壁の一面を占拠する大きな棚にかごをしまっている子津の背後に、牛尾が回った。そして長い腕を肩越しに伸ばすと、そのままかごをひょいと持ち上げ、棚へと戻す。
「あ、ありがとうございますっ」
 人並みより少し小さい子津の身長では背伸びをしなければならないと、見越しての行動だった。ただボールを棚に戻す手伝いをしてあげただけ、他意はない―――
―――はずなのに、二人の間に微妙な空気が生まれる。
「あー、えっと、子津くんは、その、だね」
「はい?」
「えらいね。いつも一番最後まで残って、片付けやら雑用やらやってくれてるだろう?」
「そ、そんなこと無いです・・・そんなこと言ったら、キャプテンだってそうじゃないっすか。毎日誰よりも早く来てトンボかけしてるの、知ってるっす」
 真っ赤になりながらも一所懸命に喋っている子津に、牛尾は面映そうに目を細めた。
「・・・そんな、僕は当たり前だよ。仮にもこの部の主将なんだから、まず僕が先頭にたって野球への愛のなんたるかを示さないとね」
「でも、他の先輩たちが言ってました。キャプテンは昔っから、朝一番に来て皆のために準備してたって・・・」
 自分の好きな人が自分の話を、自分の知らないところで聞いていた。なんだかそれだけでくすぐったいような嬉しいような気持ちになってしまう・・・それくらい、牛尾御門は子津にぞっこんラブだった。
「・・・だけど、それはやっぱり当然だよ。僕は野球が好きで、やってることなんだから」
「だったら僕も一緒っす。野球が好きだから、ボール磨きもトンボかけも全部好きなんっすよ」
「そうか・・・一緒、だね」
 少しの間、顔を見合わせて微笑んだ。二人の隙間二十センチに溢れている空気が、しだいに甘いものへと変わっていく。
「―――さて、帰ろうか。もう僕たちが最後だし、ぐずぐずしてると校門を閉められてしまうからね」
 しかし、ドアノブを掴んだ手は、動かなかった。
「キャプテン?」
 背後から子津が不審そうに声をかける。牛尾はもう一度、ゆっくりとドアノブを回した―――つもりだが、回っていない。
「・・・・・・鍵が、かかってるみたいだ」
「え?」
 子津もドアノブを回そうとしてみた。しかし、古びたドアノブは頑として動こうとしない。
「え・・・っと、これは」
「――――閉じ込められた、みたいだね」
 牛尾は溜息を吐こうとして・・・飲み込んだ。
片思いの相手と夜の倉庫で二人きり――――――あくまでも真面目な交際を考えている牛尾にしてみれば滅多なことをしようなどとは思いもよらないが、だからといって嬉しくないかと言えば嘘になる。
「・・・だ、誰かいませんか!?」
「大丈夫、落ち着いて、子津くん。僕がいるから」
 牛尾は素早く倉庫の中を見回した。電灯ひとつない倉庫の中は、夜になれば窓から差し込む月明かりくらいしか頼りにならない。その唯一の窓も空気入れのために開けられたものにすぎず、高校生の男が通り抜けられるような代物ではなかった。
「き、キャプテン、どうしましょう・・・」
「そうだね・・・たしかこの辺は、八時くらいに用務員さんが見回りに来るんだ。だから、そのときに大声をあげれば気付いてもらえるよ」
 この学校のこの野球部で過ごした二年間、牛尾は何度も夜遅くまで残って練習していた。そのため用務員さんとは顔見知りで、見回りの時間まで把握しているのだ。
「・・・気付いてもらえるでしょうか」
「気付くよ、だから、そんな顔してないで。僕たちが用務員さんが来るのに気付かなかったら、それこそ大変だよ。次の見回りは十時だからね。
 ・・・今七時前だから、あと一時間ちょっとか。それまで話でもしていようじゃないか」
 そう言って微笑むと、牛尾は子津の頭を優しく撫でた。

 

 「はー、何とかここまでは上手くいったな」
 二人を倉庫に閉じ込めた犯人・・・猿野と辰羅川は、扉から漏れ聞こえる初々しい会話に耳をそばだてていた。
「しっかし、この作戦どうよ。
 よく考えてみるとキャプテンって、子津には恋愛一年生みたいに回りくどいっつーか、煮え切らないところあるじゃん。そりゃ、ちったぁ仲良くなることはあるかもしれねーが、今日のうちに告るまではいかねーと思うんだが」
「いえ、絶対に告白に至ります。私の作戦に間違いはありません。恋する二人が密室に二人、ここで告白はもはやセオリーと言っても過言では無いでしょう」
 そんな少女漫画じゃあるまいし、つーかお前少女漫画好きだったりしないだろうな、と猿野は胸のうちでひそかに呟いた。
「んで、モミー、どうすんの?
 一応八時までは待つとして、用務員に気付かれなかったらオレらが出してやんないとだから・・・飯でも食ってくる?」
「いえ、その必要はありません」
「え、お前飯食わないの?」
 自分の作戦にかける自信と執念に、猿野は感心しそうになった。しかし、
「いいえ、もう放っておいて大丈夫ですよ、この人たちのことなら。というわけで私は帰ります」
 答えはその逆だった。
「え・・・帰るって」
「八時に見回りが来ることは知ってるって、キャプテンもおっしゃっていたじゃありませんか。それを逃しても十時があります。まさか一晩中閉じ込められるなんてことは無いでしょう」
 それだけ言うと辰羅川は、さっさと校舎に向けて歩き出そうとする。猿野はその肩に手をかけて制止した。
「・・・あっ、ちょっと待てよ、モミーっ」
「シャラップ!!
 ・・・大声を出してキャプテンに気付かれたらどうするんです」
「・・・じゃあ、どうするんだよ。あの二人をあのままにしとくのか」
「・・・物分りの悪い人ですねぇ。さっきからそう言っているでしょうに。
 それでは猿野君、シーユーネクストタイム」
 薄情とも思えるほどあっさりと、辰羅川は猿野に背中を向けた。

「・・・ちぇ、何だよ、モミーの奴、薄情な。ねずっちゅーに何かあったらどうすんだよ」
 ―――――と、口にして猿野は我に帰った。
 そうだ、忘れていた。こうしている間にも子津は、牛尾と二人きりで倉庫に閉じ込められているのだ。いくら牛尾が紳士であろうとも、何かが無いとは言い切れない。
「そうそう、ねずっちゅーを守るためだかんな。好奇心なんかじゃないからなー♪」
 そういいながら猿野は、倉庫の裏側へと回って行った。